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「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」が平成29年1月に発表されています。会社は労働時間をどのように把握・管理すべきなのかという点について詳細に解説します。
なお、このガイドライン自体は以前からあるものです。今回のガイドラインによって、はじめて労働時間管理の措置が求められるわけではないのでお間違えないように。
労働時間を把握する責任は誰にあるか?
ガイドラインの詳細を解説していきますが、最も大事で、かつ誤解している会社が多いことから、ガイドラインの冒頭で以下のように記されています。
- 使用者には労働時間を適正に把握する責務があること
働いた時間は社員自身が管理すべきである、自己責任である、と誤解している経営者が多くいますが、雇用している以上、労働時間を把握するのは会社であり、経営者の責務です。
この点は、法令でも裁判例でも明確であり、誤解のないようにご注意ください。
労働時間管理の対象者
会社が労働時間の管理をしなければならない対象者はガイドラインでは以下のとおりです。
- すべての者(ただし、労働基準法第41条に定める者及びみなし労働時間制が適用される労働者を除く)
原則としてすべての労働者ですが「労働基準法第41条に定める者」と「みなし労働時間制が適用される労働者」は除外されるということです。
労働基準法第41条に定める者は、いわゆる管理監督者のことです。
また、注意点として、みなし労働時間制が適用される労働者のうち、事業場外労働を行う者については、みなし労働時間制が適用される時間のみが除かれます。
念のため「みなし労働時間制が適用される労働者」についても解説しておくと、以下の方々が「みなし労働時間制が適用される労働者」です。
- 事業場外で労働する者であって、労働時間の算定が困難なもの
- 専門業務型裁量労働制が適用される者
- 企画業務型裁量労働制が適用される者
- 労働基準法第41条(労働時間等に関する規定の適用除外)
- 労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
- 別表第一第六号(林業を除く。)又は第七号に掲げる事業に従事する者
- 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
- 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの
対象者は以上のとおりですが、ガイドラインの中には「ガイドラインが適用されない労働者についても、健康確保を図る必要があることから、使用者において適正な労働時間管理を行う責務があること。」とも付記されている点は注意が必要です。
裁量労働制だから労働時間管理をする必要がないという感覚をいまだに持っている方がいますが、それは大間違いです。
労働時間規制と賃金規制を混同している方は社労士などの専門家にも多いのですが、労働時間規制は、労働安全衛生規制であり、社員の安全と健康を確保するための規制です。
この考え方を理解していないから「残業代を払えば残業させてもいい」と誤解している人が多いわけです。
なお、使用者というのは事業主だけでなく、労働時間を管理する権限の委譲を受けた者、すなわち部下を有する管理職も使用者になります。
この点については以下の記事で解説していますのでご参考ください。
労働時間とは
実は労働時間については労働基準法など法条文には定義されていません。
ただし、判例により、労働時間とは以下の時間を指すとされています(三菱重工長崎造船所事件、最高裁・平12.3.判決)。
- 労働者が実際に労働に従事している時間だけでなく、労働者の行為が何らかの形で使用者の指揮命令下に置かれているものと評価される時間
そして使用者の明示・黙示的な指示により労働者が業務を行う時間は労働時間とみなされます。
このうち、黙示的な指示 も含まれるという点は要注意です。
また、判例では、労働時間に該当するか否かは、労働契約、就業規則、労働協約等の定めによって決められるものではなく、客観的に見て、労働者の行為が使用者から義務づけられたものといえるか否かなど、個別具体的に判断されると示されています。
この判例を踏まえ、ガイドラインでは、以下の時間は労働時間に該当すると例示しています。
- 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間
- 使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」)
- 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間
労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置
ガイドラインでは、労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置として、以下の3つを示しています。
1. 始業・終業時刻の確認及び記録
使用者は、労働時間を適正に把握するため、労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、これを記録する。
2. 始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法
使用者が始業・終業時刻を確認し、記録する方法としては、原則として次のいずれかの方法によらなければなりません。
- 使用者が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること
- タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること
3. 自己申告制により始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置
先程の2の方法が原則ですが、自己申告制により行わざるを得ない場合、使用者は次の措置を講ずることが求められます。
なお、今回の新しいガイドラインでは、この自己申告制の部分に関する留意点が大幅に拡充されています。
特に、3、4、5について具体的に記載されていますが、これは例の大手広告代理店の事件が明確に意識されている結果です。
長い文章ですが、ポイントとなる点を多く含んでいるため、全文を以下に載せておきます。
-
自己申告制の対象となる労働者に対して、本ガイドラインを踏まえ、労働時間の実態を正しく記録し、適正に自己申告を行うことなどについて十分な説明を行うこと。
-
実際に労働時間を管理する者に対して、自己申告制の適正な運用を含め、本ガイドラインに従い講ずべき措置について十分な説明を行うこと。
-
自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、必要に応じて実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。
特に、入退場記録やパソコンの使用時間の記録など、事業場内にいた時間の分かるデータを有している場合に、労働者からの自己申告により把握した労働時間と当該データで分かった事業場内にいた時間との間に著しい乖離が生じているときには、実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。 -
自己申告した労働時間を超えて事業場内にいる時間について、その理由等を労働者に報告させる場合には、当該報告が適正に行われているかについて確認すること。
その際、休憩や自主的な研修、教育訓練、学習等であるため労働時間ではないと報告されていても、実際には、使用者の指示により業務に従事しているなど使用者の指揮命令下に置かれていたと認められる時間については、労働時間として扱わなければならないこと。 -
自己申告制は、労働者による適正な申告を前提として成り立つものである。このため、使用者は、労働者が自己申告できる時間外労働の時間数に上限を設け、上限を超える申告を認めない等、労働者による労働時間の適正な申告を阻害する措置を講じてはならないこと。
また、時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が、労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに、当該要因となっている場合においては、改善のための措置を講ずること。
さらに、労働基準法の定める法定労働時間や時間外労働に関する労使協定(いわゆる36協定)により延長することができる時間数を遵守することは当然であるが、実際には延長することができる時間数を超えて労働しているにもかかわらず、記録上これを守っているようにすることが、実際に労働時間を管理する者や労働者等において、慣習的に行われていないかについても確認すること。
なお、労働基準監督署の調査によると、以下のとおり労働時間の管理方法で最も多いのはタイムカードのようです。
意外と自己申告制を採用している事業場も多いようですが。
- 原則的な方法
- 使用者が自ら現認:780事業場
- タイムカードを基礎:3,057事業場
- ICカード、IDカードを基礎:1,712事業場
- 自己申告制:2,791事業場
このデータについては以下の記事で解説しています。
関連:71.9%が法令違反・過重労働に対する労基署の重点調査事項
賃金台帳の適正な調製
また、ガイドラインでは、労働基準法第108条・施行規則第54条に基づく賃金台帳についても念押ししています。
賃金台帳は、労働者ごとに、
- 労働日数
- 労働時間数
- 休日労働時間数
- 時間外労働時間数
- 深夜労働時間数
といった事項を記入するものです。
賃金台帳に法令が求める事項を記入していない場合や、故意に賃金台帳に虚偽の労働時間数を記入した場合は、違反になります。
賃金台帳を求めると、月ごとの給与明細表を出してくる会社が意外と多いのですが、賃金台帳と給与明細表は違いますのでご注意ください。
給与計算ソフトを用いていれば賃金台帳は出力できます。
なお、賃金台帳については以下の記事で詳しく解説していますのでご参考ください。
関連:賃金台帳とは? 記載事項・保存期間・書き方を解説(記入例あり)
労働時間の記録に関する書類の保存
当然ですが、労働時間の把握が会社に求められている以上、その記録を保存する義務があります。
労働時間の記録は、労働基準法第109条の「その他労働関係に関する重要な書類」に該当し、3年間の保存義務が課せられています(平成13.4.6 基発第339号)。
そして、この記録保存の義務に違反した場合は30万円以下の罰金に該当します(労働基準法第120条)
- 労働基準法第109条
- 使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を3年間保存しなければならない。
なお、人事労務に関係する書類の保存期間・起算日などの詳細については以下の記事で解説しています。
関連:人事・労務に関係する書類の保存期間を根拠法を含めて解説
労働時間を管理する者の職務
本記事の冒頭で、使用者には労働時間を適正に把握する責務があると書きましたが、現実的に経営者が全従業員の労働時間を把握することは困難です。
そのため、ガイドラインでは、事業場において労務管理を行う部署の責任者に対して、以下の措置を求めています。
- 当該事業場内における労働時間の適正な把握など、労働時間管理の適正化に関する事項を管理し、労働時間管理上の問題点の把握及びその解消を図ること
具体的には、人事労務担当役員、人事労務担当部長等労務管理を行う部署の責任者は、
- 労働時間が適正に把握されているか
- 過重な長時間労働が行われていないか
- 労働時間管理上の問題点があればどのような措置を講ずべきか
などについて把握、検討すべきであるとされています。
つまり、労働基準監督署が調査に来た場合、人事労務を担当している管理職に対してこれらの視点から確認されるということです。
まとめ
本記事ではガイドラインの詳細を解説しましたが、冒頭でも書いたとおり、最も大事な点は、
- 使用者には労働時間を適正に把握する責務があること
という点です。社員の自己責任・自己管理ではなく、会社の責任ということです。
従業員の過労死、過労自殺といった大事件にならなくても、メンタル不調などになっても、安全配慮義務や健康配慮義務に違反したとして、損害賠償の問題が生じます。
労働時間の適正な把握・管理というのは当然従業員のためではありますが、会社のためでもあるという点は十分認識しておくべきです。
- 毎年のように改正される労働法令への対応に頭を悩ませている
- 総務や経理などの他の業務を兼務しているので、人事労務業務だけに時間を割けない
といった悩みを抱える企業の経営者・人事労務担当者向けに、公開型のブログでは書けない、本音を交えた人事労務に関する情報・ノウハウ、時期的なトピックに関するメールマガジンを「無料」で配信しています。
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