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一応、人事労務の専門家の端くれとして、労働関係の裁判例の情報、実務で問題となりえる論点のフォローのため、専門誌には目を通しています。
その中でも、先日読んだジュリスト 2017年6月号の特集「労働契約法の10年とこれから」は読み応えのある素晴らしい内容でした。
特に「労働契約法の10年を振り返って」という座談会では、まさに企業の実態・人事制度と就業規則の関係を考える上で、普段あまり深く考えてこなかった指摘があったのでご紹介します。
労働契約法における就業規則の変更
まずは、内容の紹介の前に座談会の論点となった労働契約法の該当条文を解説しておきます。
労働契約法第8条では、労働契約の内容を変更するためには合意が必要と定められています。これは個々の労働契約のことを言っています。
- 労働契約法第8条(労働契約の内容の変更)
- 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
第9条では、「就業規則によって労働契約の内容を変更する場合の条件」として労働者との合意が必要と定められています。
- 労働契約法第9条(就業規則による労働契約の内容の変更)
- 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
そして第10条では、第9条の合意がなくても合理的なものであると認められる場合には、就業規則による労働契約の内容の変更が認められることが定められています。
- 労働契約法第10条
- 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。
本来の目的は、就業規則の変更ではなく、人事制度の変更
該当する労働契約法の条文を解説したところで、本題である座談会の論点をご紹介していきます。
1つ目の論点は、
- 就業規則の変更について、労働者が同意しさえすれば合理性について何もチェックせずに就業規則の変更を認めてよいのか?
という点です。つまり、先程ご紹介した労働契約法第9条を満たしておけば、第10条は問題にならないのか? ということです。
この点については、退職金の不利益変更に関する裁判で昨年大きな話題となった山梨県民信用組合事件に関する最高裁判決の内容も意識されています。
そして、この点について使用者側の弁護士が以下のように指摘しています。
使用者側から言いますと、就業規則の変更というよりも、通常、私たちは人事制度の変更が多いわけです。どんな人事制度がいいか、時代に合わせて人事制度を変更していく。退職金制度の変更もその中の1つですが、変更に納得をした従業員は当然ながら変更に応じて、その企業で労務を提供し、その新しい制度の賃金を受けていきます。
(略)
多くの労働者は新しい制度に合意しているからこそ、紛争にならずに企業はそのまま事業を続けられるのです。多くの場合は就業規則の変更は裁判にも紛争にもならず、第三者のチェックを誰にも受けることなく、その会社の制度として定着していくわけです。
まさにこの指摘のとおり、会社の目的は、人事制度の変更であって、就業規則の変更自体が目的ではありません。
といっても、そもそも最新の法令に沿っていない古い就業規則が放置されたままという問題を抱え、就業規則を変更して欲しいというご依頼が多いのも現実問題としてあるため、就業規則の変更そのものが目的になることは多々ありますが・・・
話を戻すと、会社は、その時々の時代、従業員のニーズを踏まえて、人事制度を変更していきます。人事制度の変更があって、人事制度の変更に根拠をもたらすために、就業規則の変更を行うわけです。
その意味で、人事制度に関するコンサルティングを専門に行っている会社もありますが、就業規則の変更までフォローできないのは個人的に大いに問題ありと考えています。
就業規則の変更は手段ではありますが、それ自体にもかなりの時間と労力がかかる場合がありますし、紛争が発生したときに重要となるのは就業規則にどのように規定されているかという点です。
もちろん実態についても調査・判断されますが、そこで実態と就業規則の規定に食い違いがある場合は印象が悪くなるため、会社側にとって実態を踏まえた就業規則を整備しておくのは必須です。
逆に、人事制度の変更に関与せず、就業規則の変更だけしかフォローできない社労士も同じように問題ありです。
なぜ人事制度の変更が行われたのかという背景や制度変更に伴う議論の流れを追わずに、就業規則の変更を安易に請け負うのはかなり危険なことです。少なくとも私は後々の責任を持てないので、そんな危ない仕事の依頼は受けません。
就業規則の変更に関する企業の実態
続いて、同弁護士は以下のように指摘します。
労契法というのは、あくまで当事者の契約内容の法律ですから、労基法で言うところの労働基準監督官のように、第三者が公権的にその内容をチェックする立場の法律ではないのです。だから、多くの場合、会社の提案する人事制度変更について、就業規則変更について従業員が合意して新しい制度で働こうということで過ごせば、それで終わりです
つまり、労契法の8条、9条はそのとおり不利益であろうと、なかろうと合意があれば、紛争として世の中に現れることがない。むしろ紛争として世の中に現れたときは10条で判断します。(略)ただし、裁判規範として10条がある以上、行為規範、つまり新制度を作ったり、新しい就業規則を作ったりするときには、この10条のことは常に意識していきます。
この点をざっくりとまとめると、
- 合意を取っているのだから、就業規則の変更、それは不利益変更であっても成立するはず
ということです。
ただし、この部分だけを表面的に読むと、合意が取れているのだから、合理性のチェックまでは必要ないと思ってしまいそうになりますが、最後の部分、
- 新制度を作ったり、新しい就業規則を作ったりするときには、この10条のことは常に意識していきます。
というのが、注意しておくべきポイントです。
就業規則に新たな規定を入れる、または見直しをするとき、つまり、従業員の合意を得る前ということですが、そもそも第三者が見たとき、その規定は合理的と認められるのか常に意識しておく必要があるということです。
就業規則の変更に関するトラブルの多くは退職後に発生
そして、就業規則の変更に関するトラブルについて、同弁護士は以下のように指摘し、これは私自身も大いに同意するところです。
実はこういうタイプの事件というのは、ほとんど退職金か、若しくは退職の効力、例えば定年制の延長とか、定年制の短縮などの効力が争われます。
(略)
本当の紛争は退職した後に発生するかもしれないということを使用者側としては意識した上で、それでも紛争に耐え得るような制度を作っていく。先程言った就業規則の不利益変更であれば、10条の変更の必要性や内容の相当性、あるいは労働組合との交渉の状況、不利益があるから訴えられるわけですから、その辺をきちんと第三者である裁判所にも説明可能な手続をしておく。
退職した後に紛争が発生するというのはまさにその通りです。
最近顧問先でも、退職後数か月を経てからトラブルが発生しましたが、在職中の様子を聞く限りそんなトラブルを起こすような人とは顧問先も思っていなかったようです。ただ、それが現実です。
ここで、冒頭の論点である「就業規則の変更について、労働者が同意しさえすれば合理性について何もチェックせずに就業規則の変更を認めてよいのか?」という点に戻るわけです。
そしてこの座談会の内容を踏まえた結論としては以下のようになります。
- 就業規則の変更について労働者が同意しさえすれば、その就業規則は有効であり、合理性の説明自体は不要
- 会社はそもそも人事制度の変更に伴う就業規則の変更の際に、将来のリスク防止の観点から合理性を説明可能にしておく必要がある(労働者の同意の有無に関係なく)
- 合理性を備えた就業規則にするためには、裁判例や実際のトラブル事例を把握している専門家による支援が必要
- 毎年のように改正される労働法令への対応に頭を悩ませている
- 総務や経理などの他の業務を兼務しているので、人事労務業務だけに時間を割けない
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