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最近は終身雇用に関する議論を聞いたり記事を見る機会が多いのですが、どうも間違った思い込みで終身雇用の是非を議論している人もいるようなので、実態を踏まえて解説します。
日本的経営の三種の神器:終身雇用制
終身雇用制は、日本的経営・日本的雇用システムの特徴とよく言われており、以下の3つは日本的雇用システムの三種の神器と言われることもあります。
- 終身雇用
- 年功序列
- 企業別組合
終身雇用の定義
「終身雇用」は、「終身雇用制」「終身雇用制度」と言われたりすることも多いため、企業としてこの終身雇用という制度に従わなければならないと思い込んでいる経営者や人事労務担当者がたまにいます。
しかし、終身雇用制は、法律による定義や規制はなく、また、制度というより単なる雇用慣行にしか過ぎないものです。
そのため、岡本大輔教授の「終身雇用制:再考:ニューラルネットワークによる財務業績の検証」によると、日本生産性本部が終身雇用に関して調査する際に、終身雇用を以下のように定義する必要があったわけです。
企業が正規従業員を新卒採用した場合、特別の事情がない限り定年年齢に到達するまで安定的に長期継続して雇用していこうとする"慣行"
明確に定義されている用語であれば、調査の際に改めて定義する必要はないわけです。
ここからも終身雇用という言葉は根付いたものであるが、実際は明確な定義のないフワフワした言葉であることがわかります。
議論するのであれば、議論の対象・範囲を明確にしておかなければ、議論は収束しませんし、定義すら人によって異なるのであれば、それこそ井戸端会議のようなものです。
なお、「終身」雇用という言葉のイメージのとおり、この調査では「特別の事情がない限り定年年齢に到達するまで安定的に長期継続して雇用」と定義されています。
終身雇用制の起源と本来の意味
上の論文をはじめ種々の論文の中で指摘されていますが、終身雇用という言葉は、アベグレンの「日本の経営(原題 The Japanese Factory)」が起源とされています。
同書の中で、permanent employment system, lifetime commitment, lasting commitmentといった概念が「終身雇用」と訳されたことで、根付いたのではないかと指摘されていますが、アベグレンには「終身雇用という言葉自体をアピールする意図はなく」、「彼が強調したのは、雇用期間が長いか短いかではなく、企業と従業員の終身における「心理的契約」であった」と指摘する研究者もいます。
また、そもそもアベグレンの調査対象が、大企業かつ製造業という長期雇用システムが慣行として成立しやすいところであったという指摘もありますし、同書の中でも、当時でも名だたる大企業で「企業整理」「人員整理」のため、大量解雇が行われ、人員調整されれていたことが記されています。一般的に信じられている終身雇用であれば、人員整理って矛盾しますよね?
なお、国際的に、日本の雇用システムの特徴として「三種の神器論」が示されたのは、「日本的雇用システムの合理性と限界」によると、1972年にOECDの労働力社会問題委員会が発表した「OECD対日労働報告書」ということです.
終身雇用は幻想?
「終身雇用」「日本的雇用システムの三種の神器」といった特別感のある言葉の影響もあって、さも日本の雇用期間は諸外国に比べて長いというイメージを持っている方が多いようです。
しかし、樋口美雄教授の「長期雇用システムは崩壊したのか」によると、
- 日米両国で比べると、戦後に関して日本はアメリカよりも長期雇用システムが成立している可能性が強いが、戦前は両国に大きな違いは見られず、日本の労働市場もかなり流動的であった。
- ドイツと比較すると、日本の平均勤続年数の方が若干長いものの、両国の差はほとんどない。
と指摘されており、また他国を含めて労働市場の流動制を基準に分析したOECDの調査では、
- アメリカ、イギリスなどのアングロ・サクソン諸国では流動的な労働市場が成立
- ドイツ、フランス、日本では企業定着率の高い長期雇用慣行が形成
と結論づけられています。なお、「日本的雇用システムの合理性と限界」の中でも、終身雇用について以下のように扱われています。
3つの構成要素のなかで、その中心的要素とも言うべき終身雇用に関しては多くの議論があり、本論文では終身雇用の適用範囲の狭さ、つまりカバー率の低さ、さらには法的根拠のなさなどの理由から終身雇用を長期安定雇用と再定義したい。
つまり、以上をまとめると、日本企業の雇用システムは、
- 長期雇用の慣行はあるものの、長期雇用の慣行がある諸外国に比べて突出して長いわけではない
ということであり、終身雇用という言葉からイメージされるような「入社してから定年までの勤務」の人が多いわけではないと言えます。
実際、柳川範之准教授の「終身雇用という幻想を捨てよ - 産業構造変化に合った雇用システムに転換を」の中では、「幻想としての終身雇用制 (1)かけ離れた実態」という部分で、従業員の勤続年数を比較し、
終身雇用と呼べるような長い勤続年数を経験しているのは、せいぜい大企業の製造業に勤めている男性従業員だけである。
(略)
大企業の製造業に従事している男性巡業員は、全体のわずか8.8%にすぎない。
と指摘し、また大企業の製造業に終身雇用制度があったとしても、たかだか10年程度の話であり「制度」と呼ぶにはかなり短すぎる期間に見られた現象に過ぎないと結論づけています。
ちなみに「戦後日本の人事労務管理:終身雇用・年功制から自己責任とフレキシブル化へ」によると、「終身雇用は崩壊する」という報道は、1970年代のオイルショックのときから何度もされているとのことです。
終身雇用という実態は崩壊するはずがありません、なぜなら、そもそも終身雇用という実態がないわけですから・・・
まとめ
以上をまとめると、
- 終身雇用という言葉に定義はなく、終身雇用制というのも制度というより単なる企業の慣行に過ぎない。
- 終身雇用という言葉からイメージされる「定年年齢に到達するまでの長期雇用」を実践しているのは大企業の製造業(8%程度)とほんの一部のみ。
- その他の大多数の企業による終身雇用とは、長期雇用慣行のある諸外国と同じ程度の期間に過ぎない。
ということであり、このように考えると、日経ビジネスの「「終身雇用難しい」トヨタ社長発言でパンドラの箱開くか」の中で、経団連の中西宏明会長の「企業からみると(従業員を)一生雇い続ける保証書を持っているわけではない」という発言が紹介されていますが、
- まるで大多数の企業が終身雇用を行っていたかのように発言しているが、そんな事実はない。
- 終身雇用ではなく長期雇用の努力をしていたという意味かもしれないが、企業にとってメリットとデメリットを比較してメリットが大きかったからであり、決して労働者のため「だけ」ではない。
とツッコミを入れたくなるところです。そもそも終身雇用しなさいという法規制があるわけでもなく、しようがしまいが企業の完全な自由です。
経団連会長の発言を好意的に解釈するのであれば、アベグレンの指摘した「企業と従業員の終身における心理的契約」としての終身雇用というマインドを労働者に持たれ続けるのは困るという意識が根底にあるのかもしれません。
ただ、そうであれば、各企業は「うちの会社は終身雇用じゃないよ」と言えば済むだけです。
また、企業単位での合理的な人事労務管理という観点から考えてみると、長期雇用慣行に伴うメリットというのは意外と大きく長期雇用が好業績に繋がることを示す研究結果もあります。
もちろん、長期雇用慣行にはメリットだけでなくデメリットもあります。
この長期雇用慣行のメリット・デメリットのバランスを取りつつ、どのように人事制度を構築・運用していくかというのが肝であり、これが当事務所のビジネスの根幹でもあります。
ここから先は当事務所のクライアントにお伝えしていくことにしますが、今回の記事は「終身雇用の崩壊」なんて騒がれているけど、そもそも存在しない制度に崩壊もないのでは?という事実を伝えたくて書いたものです。
追記
この記事を書いたすぐ後にたまたま「終身雇用制度はもはや維持できない、だから今こそ○○○○しましょう」といった営業トークを聞いてしまいました。
ウソを言っても契約さえ取れればいいと思っているのか、単に無知なだけなのか、それともギャグを言っているのかはわかりませんが。。。
ただ、もしあなたが終身雇用制度の崩壊といった文脈で営業を受けているのなら、ぜひ終身雇用の定義、終身雇用を導入している企業の割合などをその人に聞いてみてください。私も終身雇用制度の根拠を聞いてみたいです。
- 毎年のように改正される労働法令への対応に頭を悩ませている
- 総務や経理などの他の業務を兼務しているので、人事労務業務だけに時間を割けない
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