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先週、県の社会保険労務士会主催で、受講義務となっている倫理研修を受けてきました。
その研修の中で、議論を求められた設問の一つに、現実によくありそうで、しかも、まさに間違った対応が行われていそうな内容があったため、今回はご紹介します。
設問のポイントは以下のとおり。
- A社の従業員Xは、会社からの帰宅途中、飲み屋で酔っ払って他の客と口論になりケンカをし、警察に留置され、次の日無断欠勤
- A社は、日頃から従業員Xの言動を快く思っていなかった
- A社は、この機会に従業員Xに辞めてもらおうと思った
- A社は、社労士に相談し、従業員Xに以下の説明を行い退職してもらうことにした
- 本件は懲戒解雇に該当すること
- 従業員Xの将来を考え退職願を提出すれば円満退社とし、退職金を支給すること
- 退職願を提出しなければ懲戒解雇となり、退職金は不支給となること
よくありそうな事案ですが、この対応の問題点がわかりますか?
今のご時世、こんな対応をしていたらかなり危ないです。ということで、どこに問題があるのか順を追って解説していきます。
なお、この設問は、あくまで研修で示された仮定のものであり、また示された内容はもっと複雑な論点がありましたが、今回の記事のために若干単純化した内容にしています。
就業規則に懲戒の規定はあるか?
まず、この設問の中で触れられてはいませんが、前提として、
A社に就業規則はあるのか? 就業規則は労働者にきちんと周知されているのか? 就業規則の中に懲戒は定められているのか? 懲戒事由として、今回の問題に該当する規定は定められているのか?
という点は重要です。特に、就業規則の周知は重要です。
労働者が得意先との間でトラブルを発生させても、上司に対して反抗的態度をとったり暴言を吐いたりしても「就業規則が周知されていなければ懲戒解雇は許されない」というのが最高裁の判断です。
- フジ興産事件(最三小判平成15年10月10日)
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- 労働者が得意先との間でトラブルを発生させたり、上司に対する反抗的態度をとったり暴言を述べたりして職場の秩序を乱したことから、就業規則の懲戒事由に当たるとして懲戒解雇したことについて、裁判所は就業規則が労働者に周知されていなかったとして懲戒解雇は許されないとした事案
- 使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別および事由を定めておくことを要する。就業規則が法的規範としての性質を有するものとして効力を生じるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続きが採られていることを要する。
懲戒解雇に該当する問題か?
一般的に考えて、「会社からの帰宅途中、飲み屋で酔っ払って他の客と口論になりケンカをし、警察に留置され、次の日無断欠勤」するような従業員がいたら、会社としては困るでしょう。
ただ、この状況のみで懲戒解雇をできるかというと、専門家として難しいと判断せざるを得ません。
懲戒処分を判断する上で、思いつくだけで以下の観点は考慮する必要があります。
- このような事案が以前にもあったのか?
- 以前にあった場合、注意を行い改善するよう指導をしたのか?
- 警察に留置されているものの私生活の範囲内のことではないか?
- 会社の対面を著しく汚したとまでいえるのか?
- 無断欠勤についても1日だけであること
そのため、A社の就業規則の中で、仮に今回の事案が懲戒解雇に該当すると定められていたとしても、そもそも就業規則の規定自体に疑義が生じる可能性があります。
以下の事件も有名なものですが、住居侵入罪で処罰された労働者の懲戒解雇について、裁判所は解雇を無効と判断しています。
- 横浜ゴム事件(最三小判昭和45年7月28日))
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- 住居侵入罪で処罰された労働者(被上告人)を懲戒解雇したことについて、裁判所は解雇を無効とした事案
- 被上告人は酩酊して他人の居宅に理由なく入り込み、このため住居侵入罪として処罰に至ったが、被上告人の行為は、会社の組織、業務等に関係のない、いわば私生活の範囲内で行われたものであること、被上告人の受けた刑罰が罰金2500円の程度に止まったこと、上告会社における被上告人の職務上の地位も蒸熱作業担当の工員で指導的なものでないことなど原判示の諸事情を勘案すれば、被上告人の行為が、上告会社の対面を著しく汚したとまで評価するのは、当たらない。
もう一つの大事な観点として、「A社は、日頃から従業員Xの言動を快く思っていなかった」というのがありますが、もし「他の従業員が同じことをしたときはどう対応するか?」と考えることも必要です。
懲戒解雇の場合に退職金を不支給とできるか?
次に、懲戒解雇が有効となったとしても「退職金を不支給とできるのか?」という問題があります。
多くの会社の就業規則では「懲戒解雇の場合、退職金は不支給または減額支給とする」と規定しています。
ただ、運用として「懲戒解雇の場合、当然に退職金は不支給」とするのは危険すぎます。
例えば、以下の事案では、「長年の勤続の功を抹消してしまうほどの信義に反する行為があった場合にのみ、退職金の不支給は可能」としており、不支給がいかに困難であることかわかります。
- 日本高圧瓦斯工業事件(大阪高判昭和59年11月29日)
- 退職金が労基法所定の賃金に該当する場合には、懲戒解雇等円満退職でない場合には退職金を支給しない旨の規定があっても、これが労働者に永年の勤続の功労を抹消してしまうほどの不信行為があった場合についての規定ならば、その限度で有効と解するのが相当であり、労働者に右のような不信行為がなければ退職金を支給しないことは許されないとした事案
また、以下の事案は、痴漢撲滅に取り組んでいた鉄道会社の従業員が、他社の鉄道の社内で痴漢をし逮捕された(過去に2回も同様の事件で逮捕)というものですが、そうであっても、会社と直接関係のない非違行為を理由に、全額不支給とするのは、不利益処分一般に要求される「比例原則」に反するとして、過去の事例を踏まえ、退職金の3割分の支払いを認めています。
- 小田急電鉄事件(東京高判平成15年12月11日)
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- 会社と直接関係のない非違行為を理由に、退職金の全額を不支給とすることは、経済的にみて過酷な処分というべきであり、不利益処分一般に要求される比例原則にも反すると考えられる。
- 他方、本件行為が職務外の行為であるとはいえ、会社及び従業員を挙げて痴漢撲滅に取り組んでいる同社にとって、相当の不信行為であることは否定できないから、本件がその全額を支給すべき事案であるとは認め難く、本来支給されるべき退職金のうち、3割に相当する額の支給が認められるべきである。
このように、懲戒解雇が認められたとしても、退職金の不支給というのはハードルが高いということを理解しておきましょう。
なお、会社によって、退職金の性質は異なります。功労報奨的なものなのか、生活保障的なものなのか、または賃金の後払い的なものなのか、これらの性質によって、退職金が不支給とできるのか、減額できるのか、まったく減額できないのか、といった判断は異なります。
まとめ
それでは、今回の設問について問題点をまとめます。
- 懲戒解雇に該当すると断言できない
- 懲戒解雇だから退職金が不支給とは限らない
- にも関わらず、労働者をそのように信じ込ませ退職させようとした
特に問題なのは労働者をだましたことです。
何より会社にだまされたという従業員の感情的な問題もあって、問題解決はかなり困難になるでしょう。
そして、このような情報は他の従業員にも広まり、会社への不信感を生みます。そんなリスクを取りますか? ということです。
ただ、懲戒解雇は困難だとしても、何らかの懲戒処分をすることは必要でしょう。
追記
一時期、中身の薄いセミナーにムダな時間を費やしたこともあって、研修と名の付くものは毛嫌いしておりましたが、今回の倫理研修は受講必須とはいえ、かなり考えさせられる内容であり、とても参考になりました。
講義の内容も受講者の視点を意識して構成されていましたし、グループディスカッションの設問も確かに実務的に対応に悩んでしまうものばかりでしたし。
話すスピードより、黙読のスピードの方がはるかに速い、という理由から専門書による勉強ばかりでしたが、たまには研修も良いものだと思った次第です。
まあ、話す人によりますが。。。
- 毎年のように改正される労働法令への対応に頭を悩ませている
- 総務や経理などの他の業務を兼務しているので、人事労務業務だけに時間を割けない
といった悩みを抱える企業の経営者・人事労務担当者向けに、公開型のブログでは書けない、本音を交えた人事労務に関する情報・ノウハウ、時期的なトピックに関するメールマガジンを「無料」で配信しています。
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