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さて、当事務所の主な業務は就業規則の作成・変更であるため「なぜ就業規則が必要なのか?」、「就業規則がなかったらどうなるのか?」という問い合わせはありません。
ただ、長年海外で働いていた人の場合は「就業規則って何なの?」と不思議に思うそうで、たまに質問をされます。
例えば、アメリカではエンプロイー・ハンドブックなどが有名ですが、これは、主として職場規律を定めたものであり、労働契約の内容とはなりません。
労働契約はあくまで個別に締結するものであり、詳細な労働条件は個別に定められます。
職務記述書(Job Description)がある職務給と職能給の違いとも言えますが。なお、職務記述書については以下の記事をご参考ください。
関連:職務記述書・ジョブ・ディスクリプションの定義と記述項目
そこで、今回は、就業規則がない会社のメリットとデメリットについて解説します。
一言で言えば「就業規則の作成は法律で決まっているし、罰則もある」となりますが、それでは身も蓋もない話になるため、今回は法律の話を一旦置いておきます。
就業規則がない会社のメリット
お金・時間がかからない
社労士に就業規則の作成を依頼すればお金がかかりますし、自分で就業規則を作成するとしても時間がかかります。
また、就業規則に効力を持たせるには、作成だけでなく、届出や周知などの手間も必要です。
さらに、就業規則は作成よりも変更の際に労力がかかります。変更時にも労働基準監督署への届出が必要であり、不利益変更の場合は労働者の合意、合意が得られない場合は合理的なものと説明できるための準備が必要です。
社長がルールになる
就業規則は、労働者が就業上遵守すべき規律(服務規律) + 労働条件の詳細、この2つによって構成されます。
就業規則がなければ、服務規律や労働条件を確認できないわけですから、社長に聞くしかありません。
社長の気分によって回答が変わるとしても、社長の回答しか社員にとっては頼りになるものがないわけですから、まさに
- 社長の言うことは絶対!
という状態です。就業規則がない会社の最大のメリットはこれに尽きます。
「うちの会社には有給休暇はないよ」と言われたという話をたまに聞きますが、まさにこのパターンです。
就業規則に「有給休暇なし」なんて書いていたらアホだと気づかれますが、口で言っているだけだったら「あ、そうなのか・・・」とうまく従業員を丸め込めるかもしれません。
実際、就業規則があっても周知されず、改定もされていなければ、単なる置物と同じですから、ワンマン経営の個人商店型の会社ではこの状態が多くあります。
後述しますが「周知されていない就業規則」は「就業規則がない状態」と一緒とみなされます。
それでも、社長が、気分の浮き沈みがほとんどなく、どの社員に対しても公平であろうとする人、毎回統一した回答をする人であれば、特段の問題は生じないでしょう。
就業規則がない会社のデメリット
争えば確実に負ける
デメリットとして最も大きいのはこの点でしょう。就業規則は労働者のためのものと思っている時点で完全に間違っています。
就業規則があろうがなかろうが、労働基準法令をはじめとした各労働法令は日本にある会社に適用されますし、民事上の権利義務の関係でも問題が生じます。
就業規則を作成することで、会社と労働者の約束事であるとして公的な形で会社の規範を示すことができますが、それがなければ会社は確実に負けます。
社長の頭の中にあるルールが通用するのは社内のみです。第三者が入ってきた段階で、社長の頭の中にあるルールは即座に無意味なものになります。
実は、就業規則というのは会社を守るものです。
後述しますが、就業規則の規定が合理的なもので、就業規則に沿った運用をしていれば、裁判所もそれを尊重します。
懲戒ができない
会社というのは様々な価値観を持った人が集まる場所です。様々な価値観を持った人が集まれば一定のルールが必要であり、そのルールに従えない人には注意する必要があります。
その一定のルールを示すのが服務規律であり、この服務規律に違反すれば、通常、懲戒処分を行います。懲戒というと解雇をイメージする人がいますが、解雇は懲戒の一種に過ぎません。
一般的に、就業規則では、懲戒の種類として以下が規定されます。
なお、この中で最も軽い処分はけん責であり、簡単に言うと始末書を書かせ戒めることです。
- けん責
- 減給
- 降格
- 出勤停止
- 諭旨解雇または諭旨退職
- 懲戒解雇
懲戒処分の法的根拠を示した有名な判例が、以下のフジ興産事件です。現在は、労働契約法に同様の定めがありますが、その規定はこの判例を受けて定められたものです。
- フジ興産事件(最高裁第2小法廷 平成15年10月10日判決)
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- 労働者が得意先との間でトラブルを発生させたり、上司に対する反抗的態度をとったり暴言を述べたりして職場の秩序を乱したことから、就業規則の懲戒事由に当たるとして懲戒解雇したことについて、裁判所は就業規則が労働者に周知されていなかったとして懲戒解雇は許されないとした事案
- 使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別および事由を定めておくことを要する。就業規則が法的規範としての性質を有するものとして効力を生じるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続きが採られていることを要する。
遅刻・早退時の賃金控除ができない
労働者による労務の提供がなければ、使用者には賃金を支払う義務はありません。
「ノーワーク・ノーペイ(No Work No Pay)の原則」というものですが、就業規則がなければ、そもそも始業・終業時刻についても曖昧な状態になります。もちろん、個々の労働条件通知書または雇用契約書に明記しておくという方法はありますが。
一般的に、遅刻・早退・欠勤の場合、その分は労務の提供がないわけですから、賃金控除を行います。
ただ、賃金控除をする際の計算方法というのは、就業規則に規定します。
例えば、原則として、30分遅刻をした場合、その30分の不就労部分について控除は可能です。これは制裁規定には該当しません。
しかし、時刻・計算方法が不明なため、月給制の場合、根拠がなければ計算が困難ですし、遅刻時間を上回る控除をすることは制裁行為に該当するため、就業規則の根拠がなければできません。
つまり、労務の提供がなければ会社は賃金を支払う義務が本来なくなるわけですが、就業規則がないために会社は賃金控除ができないことになります。
雇用関係の助成金がもらえない
従業員を新たに雇い入れたり、処遇や職場環境の改善、仕事と家庭の両立に取り組んだ場合など、条件を満たすことで、行政から様々な助成金をもらうことができます。
そしてほとんど全ての助成金の支給条件の中に、就業規則への規定が入っています。
助成金の目的は、行政が積極的に進めたい人事制度を促進するためです。そして会社内の人事制度として構築されたと正式に認めるのは、就業規則に規定されたときです。就業規則がなければ、助成金はもらえないと思っておきましょう。
まとめ
今回は、就業規則がない会社のメリットとデメリットについて解説しました。
たまに「社労士はよく就業規則の作成・変更を勧めるが、それはあなた方の商売だからでしょ」と言う人がいます。確かに、それは否定できない事実ではありますが、就業規則は会社を守るものであり適切な運用をしていなければ結局は会社が損をするだけです。
この記事を読んでも「納得できない、就業規則がないメリットはもっとある、やはり就業規則は不要なのではないか?」と思う方はいるかもしれません。
そうであれば、きっとあなたの会社に就業規則は不要なのでしょう。トラブルが生じてあなたの会社が大きな損失を被っても当事務所には関係ありませんし。
なお、就業規則の基礎知識については以下の記事で詳細に解説していますのでご参考下さい。
- 毎年のように改正される労働法令への対応に頭を悩ませている
- 総務や経理などの他の業務を兼務しているので、人事労務業務だけに時間を割けない
といった悩みを抱える企業の経営者・人事労務担当者向けに、公開型のブログでは書けない、本音を交えた人事労務に関する情報・ノウハウ、時期的なトピックに関するメールマガジンを「無料」で配信しています。
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