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事業譲渡・合併時における労働者保護のために会社等が留意すべき事項

M&A

組織再編における人事労務の観点からのアドバイスを求められることが増えてきました。

組織再編を主な業務として行っている方は、人事労務にそれほど詳しくない方でも、会社分割の際には、労働契約承継法(会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律)による規制があることはご存知です。

ただ、事業譲渡や合併の際には何も規制がないと今でも思っている方がいたりしますが、実は、平成28年9月1日に指針が策定されており、同日以降に締結される事業譲渡契約はこの指針に従う必要があります。

今回は、事業譲渡・合併時に留意すべき労働者保護の手続きについて、指針をもとに解説します。

事業譲渡・合併に関する指針

事業譲渡は、そもそも個別承継(特定承継)であり、労働契約の承継には労働者の同意が必要であり、これまで会社分割における労働契約承継法のような労働者保護のための固有の法的措置は講じられていませんでした。

しかし、労働契約の承継または不承継等をめぐり、厚生労働省が設置した研究会でも、以下の問題点が指摘され、EU諸国や労働契約承継法と同様に、事業譲渡についても労働契約の承継ルールを導入すべきとの意見が出ています。

  • 労働契約の承継や労働条件の変更を巡る裁判例が見られること
  • 会社法の制定により事業譲渡と会社分割の性格・態様がより類似してきていること

一方、法規制については以下の慎重論も指摘されています。

  • 仮に労働契約の承継ルールを導入し、全労働者の承継を強制した場合には、譲渡契約の成立が困難となり、保障できたはずの雇用がかえって保障されなくなるという事態が生じる恐れがあること
  • 事業譲渡は法律上の定義がなく、実態としては営業用の財産や商号のみの譲渡もあり得るなど多種多様のケースが想定されるため、そもそも対象となる事業譲渡の範囲・定義の確定が困難であり、こうした状況下で当該承継ルールを導入しても、予測可能性が担保できず、法的安定性が害されること
  • 会社分割は分割契約等に定めた種々の権利義務を組織的行為によって包括承継するものである一方、慎重な債権者保護手続を要するのに対し、事業譲渡では個別の権利義務を選定し、その承継条件を含めて個々に合意して移転するという性格の違いがあり、企業組織の再編に当たってはそれぞれの性格に応じて選択して活用されていること

こういった議論の結果、今回は法律ではなく指針という形として、平成28年9月1日、事業譲渡又は合併等に関する指針が策定、同日以降の契約が適用となっています。

この指針策定までの道のりについては、厚生労働省の研究会や検討会において、どのような意見の対立があったのか、参考にされた裁判例や中労委の内容など、読み応えのある報告書がまとまっていますので、関心のある方は一読をオススメします。

参考:企業組織の再編(会社分割等)に伴う労使関係(労働契約の承継等)

事業譲渡の際に留意すべき事項

まず、事業譲渡における労働者保護のための手続きの流れ・概要は以下の図のとおりです。

指針では、会社が事業譲渡を行う際の労働者との手続・労働組合等の間の集団的手続等に関する留意すべき事項が示されており、ポイントは以下のとおりです。

  • 労働者との手続き等に関する事項
    1. 承継予定労働者との事前の協議
    2. 労働組合法上の団体交渉権との関係(労働者・労働組合等に共通の事項)
    3. 解雇に関して留意すべき事項
    4. その他の留意事項
  • 労働組合等との手続き等に関する事項
    1. 労働組合等との事前の協議
    2. 労働組合法上の団体交渉権との関係(労働者・労働組合等に共通の事項)
    3. 団体交渉に関して留意すべき事項

これらのポイントのうち、労働者との手続きに関する事項について解説していきます。

承継予定労働者との事前の協議

事業譲渡を行う際に、譲渡会社等との間で締結している労働契約を譲受会社等に承継させる場合には、民法第625条第1項の規定により承継予定労働者から承諾を得る必要があります。

民法第625条(使用者の権利の譲渡の制限等)第1項
使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。

そのため、指針では、承継予定労働者との事前の協議を行うことが適当であるとしています。

その際、真意による承諾を得るために、以下を例示に十分説明することを求めています。

  • 事業譲渡に関する全体の状況(譲渡会社等および譲受会社等の、債務の履行の見込みに関する事項を含む。)
  • 承継予定労働者が勤務することとなる譲受会社等の概要および労働条件(従事することを予定する業務の内容および就業場所その他の就業形態等を含む。)

特に、譲渡会社等が、承継予定労働者の労働契約に関し、その労働条件を変更して譲受会社等に承継させる場合には、労働条件の変更について承継予定労働者の同意を得る必要があることに留意が必要です。

なお、指針では、意図的な虚偽の情報によって、労働契約の承継の承諾を得た場合には、承継予定労働者によって民法第96条第1項の規定に基づく意思表示の取消しがなされ得ると示されています。

民法第96条(詐欺又は強迫)第1項
詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。

労働組合法上の団体交渉権との関係(労働者・労働組合等に共通の事項)

事業譲渡に伴う労働者の労働条件等に関して、労働組合法第6条の団体交渉権の対象事項になります。

そのため、譲渡会社等は、承継予定労働者との事前の協議が行われていることをもって労働組合による当該事業譲渡に係る適法な団体交渉の申入れを拒否することができないことに留意が必要です。

また、当該対象事項に係る団体交渉の申入れがあった場合には、譲渡会社等は、当該労働組合と誠意をもって交渉に当たらなければならないことにも留意が必要です。

解雇に関して留意すべき事項

事業譲渡に際しても、労働契約法第16条の規定の適用があります。

そのため、指針は以下について、労働契約法第16条に基づき、その権利を濫用した者として認められないものであるとしています。

  • 承継予定労働者が当該承継予定労働者の労働契約の承継について承諾をしなかったことのみを理由とする解雇
  • 事業譲渡を理由とする解雇についても、整理解雇に関する判例法理の適用があり、承継予定労働者がそれまで従事していた事業を譲渡することのみを理由とする解雇

そして、指針は、このような場合には、譲渡会社等は、承継予定労働者を譲渡する事業部門以外の事業部門に配置転換を行う等、当該労働者との雇用関係を維持するための相応の措置を講ずる必要があることに留意が必要であるとしています。

労働契約法第16条(解雇の無効)
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

その他の留意事項

指針はその他の事項として以下について留意すべきと示しています。

  • 譲渡会社等又は譲受会社等は、承継予定労働者の選定を行うに際し、労働組合の組合員に対する不利益な取扱い等の不当労働行為その他の法律に違反する取扱いを行ってはならないこと
  • 事業譲渡時の労働契約の承継の有無や労働条件の変更に関する裁判例においても、労働契約の承継についての黙示の合意の認定、いわゆる法人格否認の法理及びいわゆる公序良俗違反の法理等を用いて、個別の事案に即して、承継から排除された労働者の承継を認める等の救済がなされていることに留意すべきであること

なお、2つ目の留意事項で、救済がなされている裁判例とありますが、指針策定における検討会では以下の裁判例が事案として示されていましたので、ご参考まで。

  • 法人格否認の法理により雇用関係の承継を認めた事案(日本言語研究所ほか事件、東京地裁平成21年12月10日判決)
  • 法人格否認の法理により雇用関係の責任を親会社に認めた事案(第一交通産業ほか(佐野第一交通)事件、大阪高裁平成19年10月26日判決)
  • 従業員を個別に排除する目的で合意した不承継特約の合意を民法第90条違反として無効とし、承継合意のみを有効とした事案(勝英自動車学校(大船自動車興業)事件、東京高裁平成17年5月31日判決)

参考:事業譲渡又は合併等に関する指針の概要(PDF)

合併の際に留意すべき事項

合併により消滅する会社等との間で締結している労働契約は、合併後存続する会社等または合併により設立される会社等に包括的に承継されます。

このため、労働契約の内容である労働条件についても、そのまま維持されることに留意が必要です。

まとめ

事業譲渡における労働契約の承継にはこれまでも労働者の同意が必要とされており、今回の指針による大きく変更点があるわけではありません。

ただ、今回の指針によって、個別の同意を得る際には、事業譲渡に関する全体の状況や譲受会社等の概要を十分に説明すること、労働組合等との協議においては事業譲渡を行う背景・理由、債務の履行の見込みに関する事項等を対象事項とすることなど、協議・説明内容が明確になっている点には注意が必要です。

なお、経緯のところでも書いたように、今回は指針にとどまったわけですが、今後ますます行われる組織再編の事例の蓄積に伴い、より強い措置となる可能性はありえます。そのため、今後の法規制の動向には留意しておく必要があります。

参考:事業譲渡又は合併等に関する指針(平成28年厚生労働省告示第318号)

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